同時多発テロから1年。米国の「一国主義」、「一極支配」的傾向がますます顕著となっている点は気になるが、あの頃と比べて世界は一応冷静さを取り戻したように見受けられる。あまりに衝撃的な、かつ悲惨な事件だっただけにやむをえない面もあるが、やはり、「テロ撲滅のための国際的取組」にせよ、「大量破壊兵器の拡散防止」にせよ、国際社会のルールにのっとり行われる必要がある。
その点、最近のメディアが、客観的かつ多角的に、テロ後の国際情勢や米国のイラク攻撃の是非を分析していることは評価できる。特に、読売新聞「米国と世界同時テロ1年」の連載では、あの当時、米国と協調体制をとったロシア、中国が、従前の国際的なパワーポリティクス、独自の国益・利害得失を追求する路線に立ち返っていること、対テロ戦争への集団的自衛権行使まで合意した欧州が、国際的枠組みを重視する立場から、米国のユニラテラリズムに嫌悪感を持っていること、アラブ諸国、特に対米穏健派のサウジ、エジプトやヨルダンまでがイラク攻撃には反対の立場をとっていること等を的確に報道している。また、同紙8月28日付解説記事では、イラク攻撃の正当性を法的側面から検証、イラクがテロに関与した根拠が薄いこと、米国の自衛戦争が認められるだけの実際の脅威がないこと、湾岸戦争時のイラクとの停戦決議違反があれば新たな国連決議は必要ないとする米国の立場に様々な異論があることを指摘し、読者にイラク攻撃の是非についての判断材料を提供している。
これらの流れを受けて、小泉首相も最近、「米国のイラク攻撃に対する日本の支援については、国際協調と大義名分が必要」と発言した。湾岸戦争のトラウマから前のめり姿勢が目立ったテロ直後の政府の姿勢とは趣が異なる。また、今現在、唯一米国のイラク攻撃に同調すると思われている英国のブレアー首相ですら、ブッシュ大統領に対して新たな国連決議を求めた。このような時にこそ、日米同盟とともに、「国連中心主義」を戦後外交の基軸にすえる我が国としては、イラクの大量破壊兵器関連施設に対する即時、無制限の査察受け入れについて、国連の場で具体的な行動を起こすべきだろう。テロ直後は、米国が一般論としては「テロ撲滅への国際的取組」を謳いながら、アフガン攻撃への国連決議を忌避し、その性格を「米国の自衛権に基づく戦争」と位置づけたため、国連が極めて影のうすい存在となってしまった。いくら頼りないといっても、国際社会の取締役会、唯一の意思決定機関は国連、特に安保理でし かない。
湾岸戦争時、「シャトル外交」を繰り広げたベーカー米国務長官は、ロシアや中国を説得し、シリアを含めたアラブ諸国との共同行動を確保し、イラクからスカッドミサイルを打ち込まれたイスラエルの自制を求めて、国際協調、国連決議という大義を得た。言葉だけの「テロ撲滅」が一人歩きする危険は、その後イスラエルが踏襲し、パレスチィナ紛争が激化したことをみれば明々白々だろう。今こそ、イスラム対キリストの文明間戦争を是非とも回避しなければならない。
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