外務省のラスプーチンこと佐藤優氏(元国際情報局主任分析官)が、「国策捜査」の実態を暴いた内幕本「国家の罠」(新潮社)を出版した。あの鈴木宗男氏の懐刀として、日露関係を取り仕切った人物の「心の叫び」とでも言おうか。 まだ、全部は読んではいない。読めば、佐藤氏へのシンパシー(同情)が出てくるだろうから、あえて白地の佐藤氏への述懐をしたい。 私が橋本政権にいた時、佐藤氏には大変お世話になった。お世話になったという意味は、本当の意味での「諜報部員」としての佐藤氏の「生きたロシア情報」には、余人に代え難いものがあったからだ。 橋本政権では、今では誰も覚えてはいないが、97年11月「2000年までに日露間で平和条約を結ぶよう最大限努力する」という、いわゆる「クラスノヤルスク合意」がなされた。平和条約をロシアとの間で結ぶということは、当然、北方領土の問題を解決するということを意味するので、エリチィン・橋本で結んだこの合意は画期的なものだった。このお膳立てをしたのが佐藤氏だった。 しかし、橋本政権が終わり、小渕政権となり、鈴木宗男氏が官房副長官という権力者になってから、彼の運命は狂う。佐藤氏が逮捕された時、私は、マスコミのインタビューに答えてこう言った。「彼は日本では一人もいない、唯一の諜報部員だ。しかし、寄って立つ主(あるじ)を間違えた。橋本元首相に自らの夢(北方領土の返還)を託しているうちは良かったが、鈴木氏に託した時点で歯車が狂った。」 佐藤氏のようなノンキャリアの職員が、国家の帰趨を左右する外交課題に影響力を及ぼすためには、誰か有力政治家に頼らなければならない。残念ながら、彼の場合は、それが鈴木氏だった。その結果、「背任」や「偽計業務妨害」という罪で拘留所暮らしを余儀なくされた。 私が言いたいのは、「国策捜査」でも、佐藤氏の裁判の行方でもない。要は、外務省という役所が、本来の役目を果たさず、機微にわたる情報を佐藤氏のような一ノンキャリア官僚に依存している体質だ。そして、「ノンキャリア」という一言で軽んじる外務省の体質だ。キャリア官僚は「機密費」使いたい放題で、肝心の情報収集はおろそかにし、ひたすら「パーティー外交」に勤しんでいる。これでは、いつまでたっても「戦略的外交の遂行」はできない。 佐藤氏の罪を許すことはできない。しかし、今後、彼の生きる道はある。鈴木宗男という人を頼らず、自分の足で歩んで欲しい。佐藤氏の人脈や知識をもってすれば、この日本の、外交なき日本の、少しでもよすがになるのだから。
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