<全文紹介> 「構造改革なくして景気回復なし」という路線を支持する者として、小泉首相にはあえて厳しいことを言わなければならない。なぜなら首相は最近、口を開けば「改革は着実に進んでいる」としか言わないし、
「その改革への意気やよし」としても、「人の意見を聞かない」「不得意分野が多い」、にもかかわらず 「人材を登用しない」という悪い面が小泉改革の行方に暗雲を投げかけているからだ。
そして、その政策面での空白を 官僚、特に財務官僚の包囲網が埋めている。
私は小泉改革への評価を問われると「財務省と二人三脚でできる改革は見事に実現しているが、財務省が不得意な、あるいは反対する改革はできていない」と答えている。別の表現を使えば「予算の醐減や財政の帳尻合わせはできているが、『改革なくして成長なし』というところの『景気に効く改垂、すなわち本当の改革ができていない」と答えている。
簡単に言うと、首相は主戦場を聞違えているのだ。確かに昨年末、特殊法人からの予算1兆円削減、公共事業やODAの10%減、診療報酬の2.7%下げ等歴代政権ではなしえなかった改革への突破口は開いた。しかし、これだけでは財務省的な帳尻合わせでしかない。また、特殊法人改革でも、「大物からやる」と言って実現した道路公団の民営化や住宅金融公庫の廃止は、旧大蔵省の夢でもあった。前者は、道路特定財源という旧大蔵省のアンタッチャブルなカネで、道路族をバックに野放図に道路を建設してきたし、後者は、長期固定かつ低金利の融資で旧大蔵所管の民間銀行業務を圧追してきた。首相の持論である郵政民営化ももともと全銀協が主張していたものだ。だからといって難癖をつけるつもりはないが、一方で、財務官僚特級の天下り先である政府系金融機関の統廃合が先送りされたとなると、「やはり」と思わざるをえない。厳しい金融情勢だからこそ、統廃合して削減した天下り役員の給与分を中小企業融資に回せばいいではないか。小泉改革では、そういう発想ができない。また特殊法人改革は、当然財投改革(財務省所管)、担当部署(理財局)の見直しにもつながる話だがなぜか具体的な動きもない。道路特定財源も、全額一般財源化すると、現在二倍となっている暫定税率(揮発油税)の引下げ(税収減〕になるので、今年はその声もなくなった。
まさに財務省と小泉首相との二人三脚だ。ただ、そうであっても、それが現下の厳しい経済状況を打開するだけの改革になっていれば何も問わない。
しかし、今の不況、デフレは、需要不足、供給過剰が原因だ。新しい需要や産業を起こすことがまず肝心で、そのためには、大胆な規制改革や税制改革で民間活力を引き出す、財政規律は守っても予算の中身の抜本的組替えで将来有望な分野に重点投資する、不良債権の早期かつ実質処理で土地やカネを実体経済の世界で回らせることが必要なのだ。それこそが真の「構造改革」だと私は考えている。
予算編成権奪遺に成功した財務省
この点でまず、先般決定した来年度予算の概算要求基準が問題だ。昨年の基準策定では、経済財政諮間会議が「骨太の方針」に基づき主導権を握った。ただ、年末の予算編成過程では、竹中大臣自身が「われわれは埒外に置かれた」と認めたように、財務省、各省庁、族議員の旧来のトライアングルが復活した。その結果、「構造改革特別枠」に、看板を書き換えて旧来の公共事業が入り込んだ。その基本的流れが今年の基準策定にも及んだ。首相は「一兆円を超える先行減税」の方針は出したものの、財務省の振付けで多年度にわたる増減税一体を担保する「税制改革一括法案」を提案したし、昨年まであった微々たる首相裁量の予算特別枠(数千億円)さえ今年は廃止され、その代わり財務省への各省庁要求枠を基準の2割増しまで認めることで、いっそう財務省の査定、さじ加減如何で予算の中身が左右されることとなった。財務省の予算編成権奪還である。
税制改革でも、財務省の影響で首相の指示が変わり、官邸の経済財政諮間会議、財務省の政府税調、自民党税調の三頭立ての馬車が迷走している。特に、「歳出のムダを省いて減税を」(改革遠元型減税)とする諮問会議と、「歳出削減分は国債の償還に充てるべきで減税なら増税だ」(増減税一体)とする財務省が対立し、結果的に多年度間の税収中立となったことはすでに触れた。今後は、法人税の実効税率引下げにまで踏み込むか、研究開発等の政策減税にとどまるかが焦点となる。
規制改革では、官邸の総合規制改革会議が、昨年末報告の「各省庁調整済みの小さな玉の羅列」から先月大きく踏み込んだ。ただ、これは議長を務める宮内義彦オリックス会長の個人的な頑張りが大きく病院や学校、農業等への株式会社方式の導入等は、残念ながら各省庁とは未調整の両論併記スタイルに終わっている。昨今マスコミをにぎわせている「規制改革特区」構想と併せ、年末へ向けて歩留りがどの程度になるかは、ひとえに首相自身のリーダーシップにかかっている。
首相が三方一両損と称した「医療制度改革」も、国民負担増だけにとどまれば財政の帳尻合わせでしかなく、数年後には保険財政はパンクする。それを避けるためには、「薬漬け、検査漬け」といわれる診療報酬体系の見直し、医療の情報公開3者評価の促進等の改革が必要だ。しかし首相は、来年4月からの「抜本改革」には触れても、その方向性はいっさい示唆しない。
次々に復権を果たす旧大蔵官僚たち
思えば、橋本政権当時、不況の引金をひいたのは当時の大蔵省が仕掛けてきた「金融ビッグバン」の断行だった。その背景には、大蔵省の分割論議があり、「財政と金融の分離」を絶対阻止したい大蔵省は、「金融制度大改革」を自分たちの存在理由としようとしたのだ。その意図を看破できなかった橋本政権は、その後悪夢のような金融連鎖破綻にみまわれ、参院選大敗北により退陣する。
そして時がたち、今や数々のスキャンダルの嵐で失権したはずの旧大蔵官僚が次々に復権している。財務省から独立したはずの金融庁、そして最近では公取委までが再び占拠されてしまった。なにも、財務省が「財政規律」を主張することを批判しているのではない。それはむしろ当然の職責だ。ただ、政府機能の中枢までを植民地化することは許されない。企業経営でもそうだが、経理部が強い会社は当面は安定しているが、時代の大きな流れに乗り遅れて中長期的には廃れることが往々にしてある。将来発展していく会社は、企画部や研究開発部が元気な会社だ。日本株式会社も同じで、「財政至上主義」が蔓延すると、およそイノベーティブ(革新的)な気風が損なわれ、組織は沈滞する。
今後、小泉首相が真の「改革宰相」になれるかどうかの分水嶺は、財務省を利用できるところは利用しながら、その呪縛からいかに脱却するかにかかっている。
「国破れて財務省あり」。歴代の政権が嘗めてきた辛酸への反省がなければ、小泉政権、いや、この国の将来はない。 |