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時代を拓く力
「脱藩官僚」が霞が関を壊す
月刊「Voice」2008年9月号 掲載記事
江田憲司(衆議院議員)
永田町で、元祖「名物」秘書官といえばこの人であった。1996年、通産省キャリアの職を捨てた江田憲司氏はわずか39歳にして、橋本内閣の総理主席秘書官に就任した。
「モノ申す」秘書官として、常識を超えた仕事ぶりで注目を浴び、元官僚でありながら官僚機構と正面から衝突、それがまた毀誉褒貶にもつながった。退任後は自民党公認で衆院選に出馬するも落選。2002年に初当選を飾るも、その後、再び落選した。前回の郵政選挙では、神奈川選挙区で唯一の無所属当選を飾って返り咲いた。
今年、その江田氏の呼び掛けで「脱藩官僚の会」が結成された。「埋蔵金」発掘の高橋洋一氏、ゆとり教育の寺脇研氏らが参画し、現在も募集は続いている。めざすは政界の「アラート機能」。将来的には、政治任用を意識した「人材バンク」の役割も意識しているという。その江田氏に展望を聞いた。
「毒をもって毒を制す」
――― 今年6月、現在は在野で活躍する元官僚の識者たちと、「脱藩官僚の会(正式名称は、官僚国家日本を変える元官僚の会)」という政策集団の結成を発表されました。どのようなきっかけで、この構想を思いつかれたのですか。
江田
いまから10年前、橋本内閣の総理大臣秘書官で役所を辞めたときから温めていたものです。私は当時、経済財政諮問会議などの官邸主導体制の整備や、大蔵改革、郵政民営化を中心とした中央省庁の再編を進めていましたが、霞ヶ関の抵抗はすさまじく、彼らは時には連合軍を組んで改革を阻もうとしました。そのときつくづく「官僚に真っ向から立ち向かえる政治家がいない」と痛感したのです。口先では「官僚主導を打破する」といいながら、その実、官僚の手のひらで踊っている政治家がいかに多いことか。一方、官僚以上に政策に詳しい族議員と言われる政治家は、その役所と結託して利権をあさり、自分たちに都合の悪いことは隠蔽する、国民に説明しない。
そのような政治家や官僚の姿に失望し、私は橋本内閣が総辞職すると同時に辞表を出し、無職・無収入の身になったわけです。その時点で、官僚主導の政治・行政を変えられるのは、霞が関の手の内を知る元官僚で、かつ母屋と完全に縁を切り自力で道を切り開いている者、すなわち「脱藩官僚」しかいない、という確信がありました。「毒をもって毒を制す」と言うか。しかし残念なことに、これまで私の思いを共有できる人材を見つけられなかったのです。
――― 発起人は8名。橋洋一さん(元財務省、現東洋大学教授)、寺脇研さん(元文部科学省、現京都造形芸術大学教授)、福井秀夫さん(元建設省、現政策研究大学院大学教授)、上山信一さん(元運輸省、現慶應義塾大学教授)、木下敏之さん(元農林水産省・佐賀市長、現木下敏之行政経営研究所代表)、岸博幸さん(元経済産業省、現慶應義塾大学教授)、石川和男さん(元経済産業省、新日本パブリック・アフェアーズ上級執行役員)が江田さん以外のメンバーですね。どのように人選されたのですか。
江田
今年の春ごろだったか、高橋さんの『さらば財務省!』という本が出版元から送られてきたんです。その表紙に「官僚すべてを敵にした男の告白」とあった。「これだ!」と思ってすぐ、連絡をとりました。彼は、小泉・安倍政権時、郵政民営化や特別会計の埋蔵金の発掘、政府系金融機関の民営化等で散々霞ヶ関に嫌われましたからね。もっとも彼とは一面識もありませんでしたが。
――― それが設立のきっかけですか。
江田
そうです。彼は今年3月31日に内閣官房で役所を辞めましたが、その翌日に私に会いに来てくれた。そこで私の思いを説明したら、最後まで言わないうちに「一緒にやりましょう」と。10年という歳月の経過を超えて、官僚でありながら霞ヶ関と戦わざるをえなかった同志としての、同じ体感温度がそこにはありました。
――― 以心伝心ですね。
江田
他のメンバーも、私の独断と偏見で、脱藩した元官僚という基準で声をかけました。 寺脇さんは文部科学省から「肩叩き」(早期勧奨退職制度)にあったにも関わらず、当時の大臣に慰留されて、文化庁文化部長から課長級にあたる大臣官房広報調整官に降格・降給された。本来の人事権者たる大臣が慰留しているのに、そうでもしなければ役所にいられない。まさに誰が役所の本当の人事権者かを如実に物語る話で、この希有な経験の持ち主ということでお入りいただいた。「肩叩き」は「天下りの禁止」を考える上で重要な論点でもありますしね。
福井さんには、『官の詭弁学』という著書を読んだときから注目していました。この本には彼が官邸の規制改革会議委員として、霞が関と丁々発止の議論をしたことが子細に書かれていて「ここでも戦っている人がいる」と。今回あらためて調べると元建設官僚とわかり、人づてに連絡先を聞いて電話をかけたのです。すると彼も二つ返事でOKしてくれました。
上山さんは、私が無職になり、ハワイで一年間、放浪生活をしているとき、わざわざ中央省庁再編時の話を聞きに来てくれた。それ一回きりのご縁でしたが、その後数々の自治体改革に取り組み、最近は橋下徹知事の下で大阪府特別顧問も務めている。木下さんは、佐賀市という県庁所在市としては全国最年少で市長に当選した。ただ前回の選挙では、税金の無駄遣いの象徴たる長崎新幹線の建設に反対し、社民党対立候補に自民党が相乗りするという構図に、わずか数千票差で落選した。その気骨に感じ入って声を掛けました。ご両人とも、地方自治の専門家として今後、分権改革等で力を発揮してもらえると期待しています。
岸さんは、あの「小泉改革」の司令塔、竹中平蔵氏の補佐官や秘書官として活躍し、これまた霞ヶ関や永田町からは評判が悪かった(笑)。石川さんは、発起人の中では唯一の技術官僚(技官)で、事務官僚にはない新しい視点や人脈を、この会に持ちこんでもらいたいと思いました。
――― 面識のなかった方が多いことに驚きます。
江田
私の仲間内から選んだのではなく、この会の生命線である「脱藩性」と「問題意識の共有」を最重視しました。またこの会は、特定の政治路線や政党、ましてや政界再編とも関係ありません。たとえば寺脇さんが入っているから「ゆとり教育を推進するのか」とか、橋さんと岸さんがいるから「小泉・竹中路線」支持か、とも言われますが、ご本人たちを含めて、そんな考えは毛頭ありません。私がたまたま政治家なので「政界再編がらみでは」との憶測もありますが関係ない。あくまで政治・行政を国民の手に取り戻すために、元官僚としての強みが発揮できる分野、公務員制度改革、規制改革、分権改革等で官僚による骨抜きを阻止し、国民本位の改革が実現できるよう貢献していきたいと考えています。
――― 国会議員には声をかけなかったのですか。
江田
官僚出身議員には声をかけませんでした。まず自民党の政治家は、私も一度出馬したのでわかるのですが、表向きは認めなくても、陰に陽に出身官庁から支援を受けるのです。それで役所との貸し借り関係ができてしまう。全員とはいいませんが。一方、民主党をはじめ野党議員は、「脱藩性」では適格者ですが、彼らを入れると、何やら会が野党 支援団体と誤解されても困りますので。
――― 現役官僚で入会を希望する人もいるのでは。
江田
役所にいながらわれわれの考えに賛同してくれる人は、ぜひ「体制内革新官僚」として決起し、われわれと連携してほしいと願っています。われわれとしても支援は惜しみません。
――― 地方公務員はいかがですか。
江田
当面は会の基盤固めのため、中央官庁の退職者だけに限定していますが、将来的には、地方自治体、独立行政法人などの元職員にも対象を広げていきたいと思っています。
――― そういう意味では、無理に人数を増やすことはない、と。
江田
ええ。9月上旬に設立総会を開く予定ですが、見栄えを良くするために人数を増やすことはしません。量より質です。脱藩性はもちろんですが、入会するということは、霞ヶ関にブラックリストを提示するようなものですから、それなりの覚悟が必要です。個別に面接し我々と温度差のない人だけに入ってもらおうと思っています。
目指すは政界の「アラート機能」
――― 設立総会以降、具体的にはどのように行動なさる予定ですか。
江田
基本的には、官僚による改革骨抜きに機先を制して警鐘を鳴らす「緊急アピール」と、もう少し腰を落ち着けて議論し世に問う「政策提言」と、二本立てを考えています。
すでに我々は会が設立されてもいないのに、「緊急アピール」を二つ出しました。第一弾は「官僚諸兄へ・・・率先して自らの身を切れ!」と題し、官僚に対する地に落ちた国民の信頼を取り戻すには、自ら天下りを全面禁止し、税金の無駄遣いを一掃せよ、さもなくば、官僚がいくら法案作成作業などで徹夜残業しても一生浮かばれないだろうと警告し、現役官僚に「内なる革命」に身を捧げるよう呼びかけました。
さらに第二弾として、「広く人材を公募せよ!・・・公務員制度改革推進本部の事務局人事」と題し、当時、官邸官僚がサボタージュして、結果的に公募ができなくなることを狙っていた画策を明らかにしました。公募がなくなれば、霞ヶ関の息のかかった「お手盛り人事」が可能となります。急遽、記者会見し、それが報道された結果、その翌日、福田総理が渡辺喜美内閣府特命担当大臣に「公募はせず、自分で決める」と宣言せざるをえなかった。「音無し」でやりすごそうという官邸の算段が不可能になったからです。
――― 官僚の骨抜きの手口には、驚くべきものがあります。
江田
一つは今回のように期限の徒過によって、「もう、いまさらどうしようもない」といった状況に陥らせるものです。また文書の「てにをは」を少し変えることで、見えない落とし穴を掘る、いわゆる「霞が関文学」といわれるものもある。われわれの強みは若手官僚のころ、上司の命令で自らその実行を担ったという点にあります。手口を熟知しているからこそできる「緊急アピール」が、じつはわれわれが行なうべき最大の仕事なんです。
官僚を辞めたとはいえ、われわれにはまだ霞が関にある程度のネットワークがある。メディアより早く骨抜きの動きを察知して、その都度記者会見を行ない、緊急アピールというかたちで、政治家や国民に情報公開、情報提供する。必ずしも報道されなくても、それを聞いた記者たちが、霞が関の担当部署に取材するだけで抑止効果になる。そうすることで骨抜きの動きにどんどん釘を刺していく。自民党の中川秀直さんは、改革に抵抗する官僚や族議員のことを、見えない「ステルス複合体」と称していますが、われわれの役目は、言ってみればそれを可視化する。見えるようにすれば、政治家だって打ち落とせるわけです。
――― アラート機能を担う、ということですね。
江田
そのとおりです。材料には事欠きません。先月、公務員制度改革推進本部が発足し、内閣人事局などの制度設計がスタートしました。キャリア制度を廃止し、官僚を「総合職」「一般職」「専門職」に分けることにもなっていますが、今までの「一種」「二種」「三種」とどこがどう違うのか。しっかり監視していく必要がある。地方分権改革に伴うブロック機関の統廃合なども控え、規制改革会議も引き続き行なわれる。「戦略(神)は細部に宿る」とも言います。すべてはこれからです。
霞が関に伍する人材を輩出する
――― 将来的に「脱藩官僚の会」は、どのようなかたちをとるのでしょうか。
江田
将来的には霞ヶ関に対峙するシンクタンクになっていければと考えています。また、われわれが望むわけではありませんが、結果として「政治任用の人材バンク」にもなっていくことでしょう。私が総理秘書官時代、総理の意向を受けて、民間や外部の人材を、閣僚や官邸の会議の委員などに登用しようと、目を皿のようにしてデータバンクに当たったことがありますが、官僚に伍する、対峙できる人材は本当に少ないことを痛感しました。ですからどの政権であれ、本気で官僚と戦える人材を求めるのであれば、われわれ脱藩官僚には、それなりのニーズがあると思っています。
――― 設立総会後、活動が本格化するにつれ、抵抗勢力がさまざまなかたちで妨害を行なってくるように思います。どのような動きがあるか、現時点でどう予想されていますか。
江田
実は「脱藩官僚の会」の発起人の人数は、当初は、もう少し多かったのです。会の趣旨を話したときには賛成してくれたのに、2、3日後に断りの電話をかけてきた人が何人かいた。理由を聞くと「あえて霞が関と事を構えて、いま勤めている会社に迷惑をかけたくない」というのです。やはり霞が関からのプレッシャーを陰に陽に感じるのでしょうね。
今後、会が実績をあげ、存在感を示していけばいくほど、いわれのない誹謗中傷も受けるでしょう。私が橋本政権で中央省庁の再編を担当していたときもそうでした。写真週刊誌のフロントページも飾りましたしね(笑)。私の場合、女性スキャンダルも、金銭スキャンダルもなかったものですから、もっぱら「傲慢」「礼儀作法がなっていない」といった人格攻撃が主でした。私の不徳の致すところで「若気の至り」もあったのでしょうが、根も葉もないことばかりでした。その意味では発起人はもちろん、これから会員になる人も皆、相応の覚悟が必要です。
――― これはたぶんにやっかみもあるでしょうが、「結局、各官庁のなかでメインストリームに行けない人間が外に出て、批判の会を設立している」という声も聞かれます。
江田
総理秘書官はメインストリームではないですか(笑)。先日もある経済誌に「『元官僚』を名乗るには、少なくとも局長経験者でなければならない」「官僚でいても局長にはなれなかった」といった大蔵省元局長の批判が載っていたそうです。このような前時代的な選別意識をもった人がまだいるのか、と驚きましたがね(笑)。こういう人たちが天下りをして税金を食いつぶしているわけです。
いわずもがなですが、われわれが大切にしているのはメインストリームにいたかどうかなどではなく、役所のなかでどういう改革マインドをもって仕事に携わり、実績を残したかです。私が多少自負しているのは、中央省庁の再編で、経済財政諮問会議を設置し、予算の基本的枠組みを首相が決める体制を整備したこと、スーパー権力官庁である大蔵省から金融行政を分離し、金融庁を設立したこと等です。とくに大蔵省と戦える人間は、当時、政治家や官僚ではいませんでした。橋さんにしても財務官僚が「ない」と言い張った霞が関埋蔵金を、結果的に 20兆〜30兆円発掘させた。地位やポストではなく、そういうキャリアが重要だと考えています。
「一生安心システム」を突き崩せ
――― かつて日本には、「政治は三流、しかし民間と官僚は一流」という言葉がありました。なぜ官僚は、ここまで堕落してしまったのでしょう。
江田
一言でいえば「小人閑居して不善をなす」でしょう。高度成長時代、欧米に追いつけ追い越せという明確な国家目標があったときは、前例踏襲主義の官僚が得意とする分野で、志も高かった。しかし、やがて日本も成熟社会になり、何を手本にして良いかわからない時代に霞ヶ関は答えを出せないでいる。態度だけはでかい政治家との力関係も変わり、日々瑣末な雑務に追われるうちに志は低くなり、過剰接待や私腹を肥やすことに悦びを見出す。全部とはいいませんが、霞ヶ関の体たらくは構造的なものです。
官僚を志す人は、少しでも国のため、国民にために役立ちたいと思ってなるのです。お金儲けだけを考えれば他の道はあった。何も将来天下りがあるから、ということではけっしてありません。だからこそ、私も若手官僚のころ、法案作成作業で月200時間残業して2万円の手当しか出なくても、時給100円の世界でも頑張れたのです。そういう入省時の志は、いまの現役官僚でも同じだと信じています。
――― なぜその同じ彼らが組織防衛に走りだすのでしょうか。
江田
40歳前後で管理職になるころから、天下りを含めた「一生安心システム」を維持するための仕事を求められるようになるからです。「政策を立案するなら、新しい団体をつくり、専務理事ポストを確保し天下り先にしろ」「そのぶんの給料は補助金に潜り込ませろ」。そんな指令が上から陰に陽に来て、次第に志が変化し、組織防衛や省益に走るようになる。「大蔵一家」「通産一家」という意識が、強くなってくるのです。
――― その結果、国民の官僚に対する視線もずいぶんかわりました。
江田
われわれが入省したころは、世間の官僚への評価も高かった。しかし、正直いまはもう、官僚でいること自体が犯罪者扱いですからね。たとえば外務省の不祥事が続いたとき、「私の夫は外務省で働いています」と奥さんが近所の人にいえなかった。いまの社会保険庁も同じでしょう。まあ、霞ヶ関の自業自得ですがね。
――― 国民に尊敬されない、労働環境は劣悪、やりがいも見出せない。だからいま、東大卒の一種試験希望者離れが進んでいる。農水省を希望する東大生は3年前には一人もいなくなったそうですね。
江田
この5年間でキャリア官僚は300人辞めています。10年前の5年間は170人。20年前の5年間は80人。10年ごとに倍々で増えている。どんどん馬鹿らしくなって辞めているわけです。東大法卒が良いわけではありませんが、最近では優秀な学生は、法科大学院や外資系金融機関を選択しています。誇りのもてない職場に優秀な人材が集まるはずがありませんからね。その意味でも霞ヶ関は、まず率先して自らの身を切るしかない。
――― 具体的にはどのように、官僚システムを打破すべきでしょうか。
江田
諸悪の根源は天下りにあります。組織に忠誠を誓ってさえいれば、希望すれば80歳まで天下ることができる。この「一生安心システム」、強烈な帰属意識、一家意識を突き崩すことが必須で、そのためには官僚人生の「入り口」「中間」「出口」で、オールジャパンの意識をもった官僚を育てていかなければなりません。
入り口では、各省庁の個別採用ではなく、「総合職」の内閣一括採用を行ない、中間では、能力・実績主義を持ち込む。ただ、能力・実績といっても、誰がどういう基準で評価するかが大事です。これまでは予算を一円でも多く分捕った人や天下りポストを確保した人が評価されましたが、今後は組織を効率化したり、税金の無駄遣いを見つけて有効な政策分野に使った人を評価する。また、お手盛り評価はだめで第三者を入れる。出口では天下りを全面禁止する。内閣が官僚の天下り先を一元的に管理する人材バンク構想も進んでいますが、こんなものが存立するはずがありません。各省庁の影響力を遮断すれば、民間会社が喜んで五十歳過ぎの役人など雇うはずがない。結局は許認可や補助金などの権限をバックにするしかなくて、これまでと何も変わらないですよ。
それよりも「肩叩き」をやめて、官僚には定年まで働いてもらう。人件費を極力抑制するため、嘱託や専門職制度をつくったり、各省庁の政策研究所でも働けるようにする。そのためのコストが必要になりますが、天下りという膨大なシステムを維持する税金の無駄遣いと比べれば、はるかに安上がりです。こうしたシステムをつくって初めて、オールジャパンの意識をもった、本当の意味での「公僕」「全体の奉仕者」たる官僚を生み出すことができる。
――― 「脱藩」という言葉になぞらえれば、明治維新のとき、脱藩の志士たちが自ら武士という身分を捨て、新しい日本をつくりました。そこから現在の霞が関体制が始まったわけですが、その体制が壊れ、脱官僚の社会が出現するとき、それはどのような社会になるのでしょうか。
江田
よくも悪くもそれは、われわれが選んだ政治家が主導する社会です。日本丸の舵取りを、リスクも責任も負わない官僚に任せていたら、いざ日本丸が沈没したとき、目も当てられない。しかしわれわれが選んだ政治家が行なったことならば、たとえ失敗しても、まだ民主主義の結果として、国民は納得できるでしょう。
日本の最大の不幸は、官僚が信頼を失い凹んだぶん、本来ならば政治がその隙間を埋めるべきなのに、それができていないことですね。真の意味での政治主導の時代が来るには「百年河清を俟つ」感がありますが、この隙間を過渡的に埋めるのが、われわれ「脱藩官僚の会」の役目だと考えています。
[取材・構成] 上杉隆(ジャーナリスト)
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