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湾岸戦争(1991年)時、首相官邸にいた私は130億ドルもの資金貢献や、国連平和維持活動(PKO)協力法の策定にかかわることを通じて、いやというほど「湾岸戦争のトラウマ(心の傷)」を味わった。橋本内閣では、96年4月の橋本・クリントン会談に端を発する日米ガイドラインの見直しと周辺事態法の策定に携わった。そうした原体験から、テロ撲滅への国際的な取り組みに、日本が憲法の枠内で最大限の役割を、かつ主体的に果たさなければならないと考えている点では人後に落ちない。必要なら自衛隊の積極的な活用にも賛成だ。
ただ、自衛隊の海外派遣については、日本の安全保障政策の根幹にかかわる問題だけに、大義名分、原理原則をしっかり踏まえて行われるべきだと考えている。そうでなければ自衛官も胸を張って行けないし、国民もすっきりとした気持ちで送り出せないだろう。そうした観点から、この1ヶ月余の政府とメディアの対応を検証したい。
まず、日本外交の基軸が日米同盟にあることは当然だが、国連中心主義もゆるがせにできない。今回、米国が自衛戦争と位置付け、国連のアナン事務総長も消極的だったという事実はあるが、北大西洋条約機構(NATO)諸国のように集団的自衛権を行使できない日本は、初期の段階から能動的に国連に働きかけ、国際的な取り組みを真にグローバルなものにし、日本の役割をより正当化する努力を払ってよかった。今後、タリバン後の政権の枠組み作りや復興プランの策定等に国連の存在意義が出てくると思われるが、メディアもこの視点を踏まえて日本の役割を十分論じてほしい。
また、日本が法治国家である以上、「法と証拠」の原則がもっと強調されてしかるべきだった。テロ対策特別措置法の重要な前提事実である「ビンラーディンやタリバン政権が犯人、黒幕である」という証拠開示を、先月の日米首脳会談で日本側から提起すべきだった。そして、首相側近がテレビで「米国が確信しているから必要ない」といった発言をした時も、メディアは厳しく追及すべきだった。結局、この問題は米国側の自発的開示で決着をみたが、それはホワイトハウス詰めの記者たちの舌鋒鋭い追及や、諸外国からの要請の結果だったのである。
国会でも論議になった「ショー・ザ・フラッグ」の意味合いも、それがどれほど政府の支援策決定に影響を与えたかは別として、言葉の持つ意味や発言した人物、背景などについて、早期に、かつ客観的な報道がなされてよかった。
日本の対応策の決定に、読売新聞が日々指摘したように、迅速性が必要だったことはもちろんだ。しかし、そうであるならば、声高に国会の早期開会を要求して欲しかった。折からの厳しい経済情勢もあったにもかかわらず、結局、多くの国会議員が外遊しているという事情で、テロ発生後2週間以上もたった9月27日にやっと開会されたのである。
同時テロから1ヶ月後、メディアには中東イスラム専門家や軍事評論家による事細かな解説があふれ、木を見て森を見ない報道もあった。その点、読売新聞の「世界の危機日本の責任・緊急提言」は注目に値する。提言型報道には賛否両論あるが、今回のような「教科書のない世界」には、読者への貴重な判断材料になったと思う。
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