――― 改革を標榜する小泉政権についてはどうとらえていますか。 江田 明白に「財務省主導政権」でしょう。改革の実態は単なる財政の帳尻あわせがほとんどです。
――― 具体的にどこが問題ですか。 江田 まず挙げられるのが医療制度改革。小泉総理は「三方一両損」と称して診療報酬の引き下げや医療保険の本人負担の引き上げ、中小企業中心の政府管掌健保の保険料の引き上げなどには踏み切りましたが、診療報酬体系や高齢者医療制度そのものの見直しには踏み込んでいない。これは厚生労働省というより、「財政の論理」を優先させた財務省の目先の利益を重視した結果に他ならない。
「政治」の場にも入り込んで・・・ 江田 第二に郵政三事業改革です。橋本さんと小泉さんが対決した一九九五年の自民党総裁選の時、橋本通産大臣秘書官だった私は何度も小泉さんの演説を聞きましたが、本当に「郵政三事業民営化」しか言っていなかった。それくらい熱意を持っていたはずなのに、橋本政権で到達した郵政公社化、郵政事業への民間参入から一歩も先に行っていない。 当時、私は総理の名代として郵政族の野中広務先生や川崎二郎先生にお会いして、やっとの思いで改革案を呑んでもらいました。ところがその時、深夜に小泉厚生大臣(当時)が官邸に電話をかけてこられた。今でも覚えていますが、小泉さんは「こんなに民営化にほど遠い案なら私は厚生大臣を辞める」とおっしゃった。我々は、「これは民営化への一里塚です。大臣のお考えになっている方向に進むんです」と説得して、なんとか留任してもらいました。ところが、今の小泉さんの決めゼリフは「これは郵政三事業民営化への一里塚だ」。当時、我々が言っていたことをそのままおっしゃっているわけです(笑)。小泉さんは「三年以内に民営化を実現する」と断言していますが、私は疑問視しています。
――― そう言えば「財投改革こそ本丸」と言っていたこともありましたね。 江田 財投(財政投融資)の入り口が郵貯・簡保で、財務省資金運用部を通じて出口である特殊法人に流れる。この構造を改革するのだ、と。ところが特殊法人改革で最初に出てきたのは住宅金融公庫の廃止でした。まだ家を持っていない一個人の立場で言わせて貰えば、ろくでもない特殊法人が多い中で、メリットがあるのは住宅ローンくらいですよ。住宅ローンは民間銀行がやるべき、公庫は民営化すべきという議論はわかりますが、何で政府系金融機関の改革の前にそれをやるのか。日本政策投資銀行や国際協力銀行、国民生活金融公庫など、トップに旧大蔵省の事務次官が天下った機関にはいっさい手を触れていないわけです。 一方、道路公団に手をつけたのは、金食い虫で財務省にとってやっかいだから。橋本内閣では郵貯・簡保の資金運用部への自動預託を廃止しましたが、小泉政権は財投改革に手をつけていません。
――― 「財務省支配」が生じるのは、そもそもの制度設計に問題があるのか、それとも政治家の資質の問題なのか・・・。 江田 政治家小泉純一郎の問題であると思います。今の日本の統治機構は、放っておくといつの間にか官僚機構、とくに財務省に支配されるようにできているんです。橋本政権の時にはたまたま金融スキャンダルがありましたから、大蔵出身の日銀総裁や公取委委員長にお辞めいただき、新設の金融監督庁長官には検察出身の方をもって来ることが出来た。一時的にはへこましたわけです。しかし、監視の目が緩むとたちまちに復権してしまう。ノウハウが蓄積されているから、政治家の懐に飛び込むのもお手のもの。 現在の官邸では、財務省出身の丹呉(泰健)秘書官の影響力が大きいように見えますね。一例を挙げると、小泉政権が出した最初の「骨太の方針」には「道路特定財源の一般財源化」が言われていました。まあ、二千億円から三千億円程度は一般財源化したんですが、それ以上はやらない。理由を問うと、小泉さんは壊れたテープレコーダーみたいに「暫定税率」と言い続けるだけ。これは財務省から来ている丹呉さんの口癖なんです。道路特定財源について記者が聞くと、丹呉さんがしゃべって、総理が「秘書官が話した通り」と追認するのがパターン。総理番記者たちの間ではよく知られた話です。 誤解のないように申し上げておきますが、私は財務省が財政規律を維持したいと思うのは当然だと思っています。それが職責なわけだから。ただ、攻めるなら「財務城」に陣取ったままで攻めて欲しい。官邸も金融庁も、日銀までも占拠してしまうというのは問題でしょう。
――― 秘書官時代、江田さん個人が「大蔵省はそこまでやるのか」と思われた経験はありますか。 江田 毎週月曜日に、官邸で昼飯食いながらやる会合で「政府・与党首脳連絡会議」というのがあるんですよ。出席者は、政府側は総理や官房長官など主要な閣僚が数人。与党は幹事長・政調会長クラス。いわば、時の政権の最高意思決定機関ですね。九四年に橋本通産大臣の秘書官を務めていた時、そこに「出ろ」と言われたことがある。当時は自社さ政権で、出席者は村山総理、自民党代表で河野外務大臣と橋本通産大臣、さきがけから武村大蔵大臣、それに与党の幹事長クラスです。本来的には政治の場ですから役人は入るべきじゃない。でも、大臣の命令ですから仕方なく入っていくと、あろうことかその場に三人の官僚がいたんですね。当時の総理大臣秘書官、官房長官秘書官、官房副長官秘書官で、いずれも大蔵省出身でした。
政治任用をフル活用せよ 江田 で、僕が片隅に座っていると、副長官秘書がやってきて「ここは政治の場なんで出て下さい」と。ちょっと頭に来て、「私は通産大臣に言われて出ているんで、文句があるならそこに座っている通産大臣に言って下さい」と伝えました。そしたらその秘書が総理大臣秘書官、当時は岩下(正)さんですが、彼のところに行ってなにやら相談していましたが、結局そのままお咎めなしとなった。 このほど左様に日本の統治機構には、政治の場も含め大蔵(財務)官僚が入っている。しかも、大蔵の権威を上げるために、他の役所を入れない。それに、役所の定員や組織を査定する総務省行政管理局の管理官とか、人事院の給与課長など、役人全体の「ポスト」と「カネ」の部分はきっちり押さえている。官邸で言えば、総理の事務秘書官は、大蔵出身が年次が一番上で、事実上のヘッドになる。
――― こうした実態はどうすれば変えられるのでしょう。 江田 まずは政治家の質を上げること。官僚の説明に「それは違う」と言える知識と経験と勇気を持った政治家。それが一番ですが、残念ながらそういう人は一桁いるかどうか。 第二には、民間人、外部の人材を登用すること。特に小泉首相のように得意分野が偏っている場合には、官邸、経済財政諮問会議のスタッフ、首相補佐官など、ポリティカル・アポインティ(政治任用)をフル活用すべきでしょう。例えば社会保障や外交など、主要なテーマについて戦略会議を創設して、その事務局長を首相補佐官に兼務させる。そして、その事務局長兼補佐官の下にスタッフをつける。スタッフは官僚半分、民間半分くらいで構わない。補佐官なら総理の意思をくみ取ることができますから、そうした立場で戦略会議を回していく。こういうシステムを作らない限り、アメーバのように毛細血管まで入り込んでくる官僚の影響力を排除することはできない。
――― 現行の法体系でもできますか。 江田 できるけどやらない。首相補佐官は五名置けますが現在でも二席空いている。いま埋まっている人たちだって戦略的に活用されていない。なぜそうなっているかというと、霞が関の流儀に沿わない人は排除されてしまうからです。それを乗り越えられるのは総理大臣や官房長官ですが、結局、小泉さんには人脈がないんでしょう。その間隙を官僚、特に財務官僚が埋めているというのが、小泉政権の基本的な構図だと思います。 |