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戦後、最も北方領土返還に近づいた日・・・クラスノヤルスク合意(97年11月)

2016年12月13日  tag:

 日露間での「クラスノヤルスク合意」。それは「東京宣言に基づき、2000年までに平和条約を締結するよう全力を尽くす」という合意である。

 時は、96年秋の独コール首相と橋本総理との会談にさかのぼる。実は、それまで、クリントン大統領やシラク大統領などと異なり、橋本、コール関係は首脳同士でも一番疎遠な関係だった。それが、はじめての首脳同士サシでの会談、ここで、コール首相は、橋本総理の頭脳明晰さと軽妙洒脱ぶりに個人的好意を覚える。

 もともと、旧東側諸国と国境を接する独としてロシアの国情安定は最重要課題であり、独とし、エリチィン大統領には経済協力をはじめ多大なコミットメントをしていた。また、個人的友情関係もあり、エリチィンはコールを西側最大の盟友と心得ていた。

 そのコールが、この会談で、日露間の懸案である北方領土問題についての仲立ち、橋渡しを買ってでてくれたのである。この成果が出たのが、翌年6月のデンバーサミット。ここで、橋本総理は、日露間の懸案について胸襟を開き、首脳同士ノーネクタイで、しかも週末、モスクワ、東京の中間地点で非公式会談をしたい、という提案を行う。

 この電撃的提案をエリチィン大統領が受けるかどうか、外務省はいぶかったが、コールの強力な根回し、「ハシモトは話せる奴、できる奴。一度よく話してみろ」との意見具申が効いて応諾。11月のクラスノヤルスクでの会談になる。

 会談日程が決まると、橋本総理はすぐ動く。翌月7月の講演で「ユーラシア外交」という外交戦略をはじめて打ち出し、当時、NATOの東方拡大や経済的困窮にあえいでいたロシアに助け舟を出した。

 ヨーロッパの大国と位置づけられていたロシアに対し、アジア太平洋国家としての発展の可能性を指し示し、「信頼、相互利益、長期的視点」という、いわゆる「橋本三原則」を提唱して、誘い水を、エリチィン大統領に強いメッセージを送ったのである。

 大統領もそのシグナルを見逃さない。もともと、ロシア人というのは腹芸、深読み大好き人間だ。その証拠に、夏からクラスノヤルスク会談までの間、エリチィン大統領もしきりに「ハシモトは出来る奴、頭のいい奴」というコメントをパブリックに度々表明、日本側の反応を探る。もちろん、狙いは大規模経済援助だ。しかし、ロシアの大統領が、日本の総理のことにこれだけ触れるのもめずらしい。

 こうして、お互いのボルテージがあがったところで、クラスノヤルスク会談での「2000年までに平和条約の締結に努力」という合意につながったのである。エリチィン、コール、ハシモトの首脳トライアングルの成果、まさに官僚の根回しだけでは出来ない首脳外交の真骨頂である。

 橋本総理退陣後、日露関係、特に北方領土問題は様々な理由から、そのモーメンタム(勢い)を失った。まずもって橋本、コール、エリチィンという主役を張る役者が次々に退場したのが大きい。しかし、国際場裡で首脳同士のイニシアティブで、ある時期局面を急旋回させ活路を開いた意義というものは、それで色褪せたりはしない。

 首脳外交のお手本として、これからの政権も是非参考にしてもらいたいものだ。

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